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代表の岩澤が日本広報学会で主査を務める「武力紛争下のコミュニケーション」研究の成果が、朝日新聞に掲載されました。

2023年2月21日

現代の武力紛争下でも広報はプロパガンダなのか、それとも、平和のためのコミュニケーションなのか

代表の岩澤が主査をつとめる日本広報学会研究助成「武力紛争下のコミュニケーション」研究の成果が2022年2月22日、朝日新聞に掲載されました。


共同研究者の国枝智樹(上智大学准教授・Key Message International顧問)が取材に応えました。全文は以下。



ロシア「魔法の弾丸」なぜ効かない 識者が語る「戦争とSNS戦略」ウクライナ情勢聞き手・日高奈緒2023年2月22日 18時00分


ロシアのウクライナ侵攻直後に投稿された、ゼレンスキー大統領と政権幹部による自撮り動画。「我々はみなここにいる。兵士たちもここにいる」「みなで我々の独立を守る」といったメッセージを発した=ロイター通信記者のツイッターアカウントから ロシアがウクライナに侵攻して24日で1年になります。侵攻が始まって以降、ツイッターやフェイスブックといったソーシャルメディアにはウクライナやロシアに関する情報が数多く流れました。この戦争に、ソーシャルメディアはどのような役割を果たしたのでしょうか。パブリックリレーションズ(広報、PR)やプロパガンダの歴史に詳しい国枝智樹・上智大准教授に聞きました。


――侵攻後、ウクライナ側はゼレンスキー大統領をはじめ、ソーシャルメディアを積極的に活用して支援を訴えてきました。このような動きは歴史的には新しいことなのでしょうか。 


戦争時は政府同士の交渉やマスメディアを通した発信で支持を獲得するのが一般的でしたが、ウクライナ侵攻ではSNSが活用されています。インフルエンサーや企業が用いる手法を本格的に採用した、最初の戦争だと思います。


目新しかった「大統領の自撮り動画」 


――具体的にはどのようなことでしょうか。


侵攻直後の昨年2月末、ゼレンスキー氏が国外に逃げたのではないかなどとうわさされるなか、政権幹部らと一緒に「私たちはここにいる」「国を守る」と国民に呼びかける動画がソーシャルメディア上で拡散しました。動画は暗い屋外で、しかもおそらく手持ちのスマートフォンで撮られた、大統領の「自撮り動画」でした。


通常、一国のリーダーが国民に呼びかけるときは、照明が完璧で、国旗を美しく並べた公式な会場から発信します。しかし、あの動画は誰でもできる方法で撮影していました。多くの人になじみのある手法を用いたことが、新しかったと思います。


ゼレンスキー氏はもともとコメディアンであり、番組制作会社の経営者でもありました。そもそもプロデュース力がある人物です。建物内で会見をするのが危険だと判断して手持ちのスマホを使ったのかもしれません。しかし、非常事態だということを理解してもらうためあえて日常的に見る記者会見ではなく、こういった演出をした可能性もあると感じました。スーツではなく、Tシャツを着て訴える姿にも同じような効果があります。


これまでも米国のトランプ前大統領のように、政治家がツイッターなどSNSを積極的に使い、国民に呼びかけること自体は行われてきました。ただ、それが戦争中にも行われたことが、さらに目新しい点だと思います。


SNS通じた市民の「命の訴え」 世界を動かす 


――ウクライナの一般市民からの発信も目立ちました。


政治家やジャーナリストだけではなく、市民が撮影した写真や動画も数多く投稿されています。それらの多くは英語でも投稿されていることが大きな特徴です。


これまでも戦時下の市民がSNSから世界に向けて発信することで、国際世論の共感を得ようとする前例はありました。シリア内戦では、当時7歳の少女だったバナ・アベドさんが、アサド政権による攻撃の様子を現地から英語で発信し、注目を集めました。


ただ、今回のウクライナ侵攻ではシンボルとなるような特定の人ではなく、数え切れないほど多くの市民が発信をしています。また、ウクライナの国外にいる市民も、祖国への支援を訴えてきました。繰り返し、長期間にわたり、現地の状況だけでなくウクライナの存在や文化の大切さを訴えてきたのです。 


こういった市民によるSNSの使い方は、過去の戦争ではみられなかったことだと思います。


ウクライナの広報戦略にPR会社の存在


――こうした動きは、戦略的に行われたのでしょうか。 


政府がどの程度、戦略的に行っていたのかはまだ分かりません。そもそも軍事活動ですので、情報戦の全体像を把握することは困難です。ただ、侵攻開始の当日からウクライナ国内や欧米のPR会社が政府を支援していたことや、約1週間後には150ものPR会社による支援のネットワークが構築されていたことが報じられています。情報戦の戦略構築や展開において、これらの企業の影響は無視できないと思います。初期から支援活動を公にしてきた米国のPR企業「カーブコミュニケーションズ」もその一つですが、同社は地政学的・人道的危機の中でウクライナ政府の発信を支えたことが評価され、PR業界のニュースサイト「PR NEWS」から2022年の優れたPR業績をたたえる「プラチナム賞」を授与されました。 


――一方で、ロシア寄りの偽情報もSNS上では侵攻当初から散見されました。 


ロシアに都合の良い、一貫性のないうその情報を大量に流す。この手法は今回の侵攻以前からみられたことです。企業のマーケティングならば、一貫性のない間違った情報を流すなどということは考えられません。その常識を否定するような、とても乱暴なやり方です。例えば、ユダヤ系の子孫であるゼレンスキー氏に対し「ネオナチ」呼ばわりするようなデマもありました。


広がるファクトチェック 偽情報への警戒感高まる 


――ロシア側の戦略は実際に効果があったのでしょうか。 


長年にわたり、ロシアのプロパガンダに対する国際的な反発はそう強くはありませんでした。2008年にロシアがジョージアへ侵攻した際や、14年のクリミア併合の時も、ロシア寄りのフェイクニュースが国内外に向けて発信されましたが、SNSの運営会社がそういった情報を遮断するといった動きはほとんど見られませんでした。 


しかし、16年の米大統領選で、ロシアがフェイスブックなどで偽情報を拡散し、トランプ氏が当選するように世論を誘導しようとした頃から状況が変わりました。「ポスト・トゥルース」(虚偽であっても個人の感情に訴える意見が受け入れられる状態)といわれ、メディアもネット上のフェイクニュースの問題に対応するようになりました。「ファクトチェック」という言葉も浸透しました。これは日本語でいう「裏取り」に他ならないのですが、メディアもこぞってこの新しい言葉を使うようになりました。 


また、新型コロナウイルスの流行が始まると、ウイルスやワクチンについて様々な情報がSNSに飛び交いました。メディアはファクトチェックを積極的に行い、市民の間でも正しい情報をどうやって見極めるかが話題になりました。こうして、SNS上の偽情報に対する警戒感、真偽を確かめようとする下地が育っていきました。 


こういった経緯があったため、今回の侵攻後に出てきたロシア寄りの偽情報への対応は即座に行われました。メディアをはじめさまざまな団体がファクトチェックをし、SNS運営会社は偽情報を発信するロシア系のアカウントを停止し、市民の間では警戒心が高まっていました。そのため、ロシア国内はともかく、ウクライナやウクライナを支援する国々に対する影響力は限定的だったと思われます。 


――偽情報に接しても、受け取る側の意識が変わってきたということですね。 


そもそも、偽情報を含むプロパガンダを信じるかどうかは、受け取る側がそれを真実だと思う素地があるかどうかにかかっています。昨年2月の侵攻直後、「ウクライナにも原因がある」「NATO(北大西洋条約機構)のせいだ」といった言説がみられました。国際社会がウクライナに武器を支援すべきか話し合っているなか、こういった考え方が広まると、ウクライナ支援に水を差しかねません。実際、当初は西側の先進国の中にもウクライナ支援から距離を取ろうとする国もありました。日本のメディア上でも「ロシアも悪いけどウクライナも悪い」というような、両論併記の論調も見受けられました。 


しかしその後、国際的にも「ロシア側の言い分をまともに受け取るべきではない」という世論が強くなり、ウクライナ側への支援を訴える声がどんどん大きくなりました。


国際世論を味方につけたウクライナのPR戦略 


――逆に、ウクライナのPR戦略が効果を発揮したということでしょうか。 


そうですね。ウクライナを支援するのは、同国が地政学的に重要であり、欧州の民主主義国で大事な国だからと思う人は増えました。ただ、14年にクリミアが併合されたときにここまで注目を集めたでしょうか。当時は多くのPR会社が協力することもなく、日本人がウクライナに対して今ほどの関心を持つこともありませんでした。 


タリバン政権が21年に復活したアフガニスタンとは、状況が異なります。首都カブール陥落後、メディアはアフガニスタンでの紛争や人権弾圧を大きく取り上げましたが、その後、報道は減り、国際社会の関心も薄れていきました。アフリカや中東などでの紛争が多くの被害を出しながら、国際社会からの関心を集めたり支援を受けたりするに至らなかった例はいくらでもあります。こういった例に比べると、ウクライナは情報戦を通して国際世論を引きつけることに大きく成功してきたと言えると思います。 


――とはいえ、ロシア寄りの情報も様々なところで目にしました。広く拡散していたのではないでしょうか。 


ロシアは国営メディアや各国の大使館のアカウント、インフルエンサーなどを通じて情報を拡散させました。でも、こういった偽の情報がウクライナやウクライナを支持する国で大きな効果を発揮したとは思いません。 


ディスインフォメーション(デマ)やプロパガンダというと、恐るべきキーワードとして語られることが多いように思います。しかし、忘れていけないのは、このような取り組みの効果は往々にして限定的だということです。 


メディア研究では、「魔法の弾丸理論」と呼ばれる考え方があります。メディアが右と言えば、読者や視聴者は全員が右だと信じて行動する。メディアを通して伝えられるプロパガンダの力は絶対で、人々は簡単に影響を受ける、というものです。 


でも、少し調べたらうそだと分かるような偽情報であれば、信じたり、それに基づいて行動したりする人はごく一部です。ファクトチェックの取り組みが増え、情報の受け手が見極めるノウハウを身につけてきた今、そこまで効果を発揮できていないと考えられます。


ロシアのプロパガンダに対する日本の「二重のフィルター」 


――日本への影響はどうでしょうか。 


日本はロシア側の偽情報の影響を比較的受けにくい立場にあると思っています。なぜかというと、ロシア関連の情報の多くが、ロシア以外の欧米メディアから入ってくることが多いからです。それらを日本のメディアがさらに編集し、報道する。二重のフィルターがかかっているような状況です。ロシア発の偽情報に解説のないまま、直接触れる日本人は少ないといえます。 


そもそも、日本人はウクライナよりロシアにより強い親近感を抱いているはずです。ロシアの文化や芸術、歴史に詳しい日本人は多く、ロシアへの留学経験者は多い。一方で、ウクライナのことを知っている人は少なかった。日本の大学にロシア語学科は複数ありますが、ウクライナ語学科はありません。こうした状況をいかした情報戦をロシアはできたはずなのに、やらなかった。これは日本だけでなく、他の欧米諸国でも同様だったと思われます。 


――ウクライナのようなPRをロシアはできないのでしょうか。 


実は、世界的な大手PR会社のほとんどは米国や西欧の企業です。PR会社の世界ランキングトップ100社にも、ロシア企業は入っていません。今回の侵攻では欧米のPR会社も早い段階でロシアから撤退しています。ロシアがウクライナと同じように、国内外のPR会社の協力を得て情報戦を展開しよう思っても、できないのです。


マスク氏のツイッター買収、ウクライナ侵攻への影響は? 


――イーロン・マスク氏がツイッター社を買収したことは、ウクライナ侵攻をめぐるソーシャルメディア戦略に影響を与えたと思いますか。 


マスク氏による買収後、ツイッターは投稿内容を理由としたアカウント凍結などはあまりしないという方針転換をしました。暴力を扇動したとして凍結されていたトランプ米元大統領などのアカウントも復活しました。その結果、ロシアによる偽情報が放置され、影響力を増すのではないかという懸念が浮上しましたが、必ずしもそうはなっていません。 


さらに、ロシアやウクライナの情報戦では、ツイッター以外にもフェイスブックやインスタグラム、テレグラムなど複数のプラットフォームが利用されています。そのため、ツイッター買収の影響は限定的ではないかと考えています。 


ただ、この買収で、責任あるプラットフォーマーとしてツイッターがどうあるべきかという議論が浮かび上がりました。政治的な影響力を持つ世界的な言論プラットフォームのルールを、マスク氏のような富豪が恣意(しい)的に決めてよいのか。SNS戦略が戦争のツールとして定着していくなか、SNSの運営会社はどう対応するべきか、どんな立場にあるべきか。そのような議論をしなくてはならない時代が来ています。(聞き手・日高奈緒)


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